【この男、終わってるのか、終わってないのか。海がきれいだ】
島に移住すると話すと、ほとんどの人が、1日中仕事もせずに、時の流れに浮きながらぼんやり過ごすと思うようだ。「いいね、のんびりして」というのが感想の共通項である。でも、ちょっと違うんだな。勤め人は引退したけれど、人生まで引退したわけではない。
私は、都会暮らし、サラリーマン生活に飽きたことも島に来た大きな理由だが、早くから島暮らしに憧れていたこと、そもそもなまけ者だし、組織に縛られるのも好みではない、とか理由はいくつか浮かぶ。だが、それも当たっているといえばそうだし、必ずしもピンポンでもない。島に行きたいと思い、たまたまこの島が好きになって、土地を衝動買いして、そうこうしているうちに来てしまった、というくらいのところだと思う。
島に行くと言うと、みんな「何で?」「何するの?」と聞くから、計画もないので「空と雲を見て暮らす」だの「庭で野菜をつくる」だの、「ランニングシャツ1枚で暮らす」「朝から泡盛」だのと、適当に答えてきた。私は都会で勤め人をしていたが、元来、ランニングシャツ1枚的お気楽人間だと思われていたらしく、突っ込まれることはなかった。
でも、新しい人生は始まったばかり。やりたいことは山ほどある。忙しい。ただ、勤め人を止めると、約束事がなくなるので、時間の観念が薄れる。すると、時間の配分、並行作業が難しくなる。着々と進めたいのだが、締め切りやら会議やら目安がなくなるし、面白いことは時間に構わず続けてしまうので、全体がバランスよく進まない。
一方で、進まなければ、それも島人らしくていいじゃない、ここまで来て、あくせくしなくてもいいさ。どうせ大したことはできないんだし、ビールがうまいぞ、などとささやく自分もいるのである。
今は、世間との関係を保って暮らすか、友達は泡盛とオリオンビールだけというおじいになるかの岐路にいるのであろう。で、先生は「終わっているのではないか」と確認に来たのである。世間と切れて、「終わって」いれば、情報教育のことなど話してもしょうがないということだろう。でも、ちょこっと話したら、私の中にも、ちっちゃな火が残っているようだと思ったらしい。面白いプログラミングの環境について教えてくれた。そっち方面も何かしなくちゃ。
人生は引退していないつもりだが、この島は心地良い。酒もうまい。いつまで燃えられるか、知らないよ。
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